じっと手を見る (再掲)

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心から敬愛する、大好きな年下のお友達が
千手観音様について、このような文章を書かれていました。

 「千手」と言っても、千本の手があるという意味ではなく、
  一つの手に25通りの救い方があり、それが40本あり、
  あと二つはふつうの「手」だそうです。

***  ***  ***  ***
子供の頃、私は冬が嫌いだった。

当時は、家庭にも学校にも湯沸かし器などはまだ無く
凍りそうな冷たい水で、拭き掃除や洗い物をしていたから
私の両手はしもやけで、グローブみたいにパンパンで…
真っ赤に腫れ上がって血がにじむこともあった。

幼心に、それがとても恥ずかしく、悲しかった。

冬が過ぎても、私の指はぷくぷくと太いままだった。
年頃になっても。

友人達が白魚のように長く美しい指に
キラキラ輝く指輪を飾るようになっても…
自分の手と指にコンプレックスを抱いていたから
指輪はつけず、綺麗な時計やブレスレットを愛した。

恋人からプレゼントされた指輪も、
もらった当初だけ、申し訳程度にはめていたけど
いつしか宝石箱の中に仕舞われたままになって。
若い頃は、婚約も何度かしたけれど(笑)
リングを選びにお店に行って
この太く醜い指を人前に晒すのが、イヤだったっけ…。

でも、今は違う。

ヒーリングを始めて、
この手を、この指を、褒めてもらえるようになったから。
ふんわりとふくよかな肉付きの掌と、柔らかな指を。

人の手は、実はとても不便な生え方をしていると思う。
自分の体を触る必要がある時、特にそう思う。
背中をかいたり、絆創膏を貼る時、イライラする事がある。

でも、誰かに何かをしてあげるのは、とても楽だ。
人の背中にオイルを塗ってあげる時。
肩を揉んであげる時。髪を結ってあげる時。
両手でそっと抱きしめてあげる時。
もちろん、ヒーリングしてあげる時にも。

きっと私たちは・・・
誰かの為に何かをしてあげる為に生まれてきたのだろう。

この手を、この体をいっぱい使って、愛し合うために。 


※画像は「聖ユリア像」。この絵も、大切なお友達から贈られました。
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by palty-yuria | 2008-09-24 12:22 | こころの奥深く